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滋賀県(しがけん)は、日本の都道府県の一つ。
領域は令制国の近江国と一致する。
1871年8月29日(旧暦7月14日)に行われた廃藩置県により府県が誕生したが、この時点では藩や天領をほぼそのまま踏襲したもので、呼称では令制国の名称が浸透していた。1871年当時、一使(開拓使)三府(東京府、京都府、大阪府)三百二県もの数が在った。同年12月(旧暦11月)にはこれを整理合併し、一使三府七十二県となった。
1876年に県の大規模合併が行われ、1878年に制定された郡区町村編制法により合併や領域変更が行われた。一時は三十七府県まで減ったものの、分割運動によって1889年の市制・町村制、1890年の府県制・郡制制定により、一道(北海道)、三府(東京府、京都府、大阪府)、四十三県となった。1890年以後、県の合併・分割は一切行われず、現在に至っている。
ただし、沖縄県は、1945年から(ただし、正式には日本国との平和条約が発効した1952年4月28日から)1972年のアメリカによる占領下では存在していなかったため、その時期の日本の県の総数は四十二県である。
当初、県の長官は県令と呼ばれ、京都府、東京府、大阪府など府の長官のみを知事と呼んでいたが、1890年の府県制施行以後は両者とも知事と呼ばれた。
現在は、府と県は地方自治体としては違いはないが、県とは異なる府の由来は、京都、東京、大阪が、首都(首府)あるいはその候補地であることにあった。
戦時中の1943年7月1日、東京都制の施行により、東京市は東京府と合併され、東京都が発足した。都制度を実施した内務官僚は大達茂雄で、彼は第一代の東京都長官となった。
いずれにしても、戦前の地方長官は、内務省(戦後の自治省、総務省)によって任命された。国政事務を執行する地方長官は、中央政府の出張所所長であった。
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